「既知」と「未知」の関係

年を重ねるといろいろ忘れっぽくなります。
「あ~~、あの人ね。名前何だっけ?奥さんの名前は出てくるなぁ。主演映画も分かるのに」日常茶飯事です(笑)
「知」の量が溢れ漏れたから?とか若い時に蓄積された「知」は脳が若いから忘れないんだ。等の説がありますよね。


そこで、タイトルにも書きましたが
「既知」・・・これは仕事や生活をする上で、本来知っていなければならない「知」があります。
それを知ってるという事は、手に入れてる事であり、いつでも活用できるという事です。(思い出せるって事です)
一流大学に合格するような人や雑学選手権に出場するような人は「知」が多いんでしょうね。


そして「未知」・・・これは『「知らない」を知ってる』事です。
未だ手に入れてない「知」に対してそれを認識している状態が「未知」です。
努力と注意によって、未来のどこかで「既知」に変わることになる状態です。


「既知」が膨らめば膨らむほど「未知」が増えるわけです。
既知は知識だけではなく「経験知」も含まれるので、どんどん未知が増えてやがて既知になり総合的な人間力につながるわけです。
若い人から見て、歳を重ねた人が余裕あるように見えるのはそのせいかもしれませんね。


ところで『「知らない」を知らない』は当たり前なのですが、これを「不知」と呼びます。
仕事や生活をする上で関わらない「知」かもしれませんが、実はこの「不知」にクリエイティブの足掛かりがあるんだそうです。
不知は膨大な領域になりますが、敏感なアンテナを張っている人には次々と降ってくるようです。
うらやましいですね。


最後に『「知ってる」を知らない』・・・本来知っていなければならない「知」について、知らないままでいるという状態が「無知」です。非常に残念な人です。
この状態にとどまっている事は、競争力がないばかりか、他人の判断に従うしかできなくなります。
「知」を手に入れるための努力をして、早く既知にするべきです。


夫婦問題こそ、

ソクラテスの『無知の知』を自覚し、謙ってお互いの気持ちに寄り添って学んでいくことで、より成熟した良い距離感の取れる素敵な夫婦に成長していくのだと思います。

そんな学びを知りたい方は、ぜひ、お問い合わせ下さい!

(こころカフェ運営事務局おおひろ)

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